2006年10月26日

引っ越します!!

ブログおひっこしします。
あたらしいブログはこちら(o´∀`o)ノ

http://green22.blog.shinobi.jp/


posted by 緑 at 13:19| Comment(35) | TrackBack(0) | 気まぐれ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

たんじょうび

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22日が誕生日でした。21歳になりました。
このなんか1年は長かったなーー。充実してたんやろな。

今日は私の誕生日でもあり、私の乗ってた47thピースボートの出航日でもありまして。昨日(21日)の夜からピースボーターのみんなと飲み会があって、朝までカラオケで大はしゃぎ(o´∀`o)
はしゃぎすぎて筋肉痛やわ。
お誕生日も祝っていただきました♡

朝帰宅して昼からオープンだけバイトに入りました。
最近めっきりシフト入れてないのに、女将さんにプレゼントをもらってしまった。しかもパンティー。しかもエロい。笑
実は女将さんにパンツもらうの2回目なんやけど。。。なぜパンツ。。
いや、めちゃうれしかったっす。

で、夜は家族と隣のおばちゃん一家で、私と、あさって誕生日のいとこの誕生日パーティー。

いい誕生日でした。みんなありがとう。
これから1年もまたグングン成長していきたいと思います(´∀`)

* * * *

右:カラオケで壊れる船仲間。
左:船仲間が用意してくれたケーキ。
  私としきみのバースデイ&がちゃこ行ってらっしゃいのケーキ。
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2006年10月16日

批判のサイズ

こないだ人を褒めるって大事よねーー、でも褒め方も大事よねーーってことを書いた。
同じように批判にもやり方がある、ってことをさっきサイトを見たら私の好きな山田ズーニーさんが書いてた。
http://www.1101.com/essay/index.html

批判力って、きっと大事やと思うし、もっとつけたいとも思うけど「取り扱い注意」だとも思う。

誰か(とか組織)に変わってほしいって思って伝えたつもりでも、批判のサイズが大きすぎるとかえって聞き入れてもらえなくて相手をしんどくさせたり、そのせいで自分もしんどくなったりするんじゃないかな。
もちろん、批判をする、ってこと自体がパワーがいることやし私にとっては怖いことでもあるんやけど。

* 「なんか〜」「最近〜」というような曖昧なことは言わない
 内容が曖昧だと「なんかやだ」っていう「拒否、否定された感じ」しか伝わらない。
 だから批判の対象(事柄・期間etc)は最小限に絞る。

* 批判はひとり、一人分
 自分一人の責任で、自分の意見を伝えること。
 つい気がちっちゃくて「〜もこう言ってた」とか
 「〜を代表して」とか言いがち。

* 上から言わない
 たぶん一番大事。
 やっぱり批判するって客観的な視点が求められるし、
 そういう目線で見たら全体が把握できて欠点が見えたりするから
 伝えたときに上からになってしまいがち。指図になったり。
 でも、相手の立場に立って考えて、もがいてみて、
 そのうえでの意見じゃないとやっぱり反発をかってしまう。
 自分が悩んで出した答えじゃないときっと届かないのかな。

* 日ごろからの関係性
 「あんたに私の何が分かるねん」って思われない関係をつくっておくこと。

批判しない、っていう選択肢もあるのかもしれないけど
批判≒伝えるって部分もあると私は思うし、「こうしたら?」って言わんでも「私やったらこうするなぁ」っていうものアリやろうし。。
めちゃむずかしいけど、伝えてくことは向き合っていこうとすることやし、大切にしたいと思う。
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2006年10月13日

褒めるって大事

やっぱし人は褒めないとだめだと思うんだー。
私も褒めてほしいし、認めてもらえるから頑張れる。
褒めてもらうために頑張ってるわけじゃないけど、やっぱ認めてもらえないとつらい。
ずっと否定され続けたら、モチベーションなんてあがらん。
だから褒めるって、教育ではめちゃめちゃ大事なこと。

忘れないように褒めるときのポイントを↓

* 褒めるタイミングを逃さない(迅速かつ適切に)
 タイミングがズレたら褒められても嬉しくない

* まず先に褒めてからアドバイスや注意をする

* 具体的に褒める
 ちゃんと頑張りを見てるよ、ということも伝わる

* 第三者を通じて褒めてもらうor第三者が褒めていたことを伝えるor人前で褒める
 「人に言うほど認めているんだ」ということが伝わり、喜びup揺れるハート

* 以前と比べて進歩したことを褒める

* 仕事etcを細かく区切って与え、それができる度に褒める
 なかなか褒められることをしてくれない人を褒めるために

* 言葉だけでなく、手紙にしたり、メールにしたり、残るものにする

* ボディランゲージや表情でも表現する

いつも全部しないといけないわけじゃなくてTPOで使い分けるべし☆
posted by 緑 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月09日

変えよう!日本の学校システム
教育に競争はいらない*古山明男

私塾をしている著者が、不登校etcの子どもたちと向き合う中で、子どもたちを守るために法律を勉強し、その中で見えてきたことが書かれている。
とても丁寧に解説されていて、法律や制度論が書いてあるわりには、めちゃくちゃ読みやすい。

*中央集権無責任体制
文科省が「指導・助言」を行なうという形式で事実上教育を支配している結果、責任をとるところが不明確。
現場は文科省の顔色をみるしかなく、文科省は現場に一任していますというしかないシステムになっている。

*入試の弊害
ヨーロッパの多くの国では高卒の資格か、大検資格があれば誰でも大学に入れる。日本は「このレベルでOK」というラインがないため、とめどなく勉強せねばならない。学校はそれに対応するために余裕がなく、独自のクリエイティヴな教育が生まれない。
入試制度を見直さず、「ゆとり」や「個性重視」を言っても無理。

*教育を当事者の手に
教育の当事者は子ども、保護者、教師だ。
日本ではシステム上、これらに発言権がまったくない。
そもそもは教育委員会が教育の主役になるはずで、教育委員を市民の選挙で選出するはずだったらしい。

*学校をつくる自由を
今は「学校に合わない」子どもたちは自分を押し殺して学校に行くか、「不登校」というネガティヴなレッテルを貼られるしかない。
もっと自由に地域や、クリエイティヴな教師たちから教育が湧き上がってくる余地をつくるべき。
家で勉強を教えるホームスクールも認めるべき。

私立の小中学校を無償化することも必須。
これができれば、新しい教育はもっと湧き上がる。
財源の負担はそれほどでもない。
現状は「義務教育はこれを無償とする」という教育基本法違反。

*セーフティネットを
今のシステムでは教育に一本の道しかない。
教育内容も、教育哲学も画一的で選択肢がない。
この一本道から落ちてしまうとやり直しがきかないし、やり直そうとすると絶大な労力を必要とする。だから不登校は絶望的なことに思える。
義務教育の内容を誰でも無料で教われる機関をつくらないといけない。

これまでのような官僚統制ではなく、競争でもなく、第三の道がある。
それを示してくれる本。
教育関係者には、ぜひとも!読んでほしい一冊。
日本も子どもを幸せにできない教育はやめて北欧モデルを目指そうよー
posted by 緑 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・映画レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

つながり創り

こないだ、前々から企画してたBBQを我が家の屋上でやりました(´▽`)♪
人権活動やピースボートで出会った友達とか、人権に興味のある子が特に目的もなく、ゆるーく集まって喋れる場をつくりたくって、まずはBBQをやってみた。

環境問題とかジェンダーのこと、私たちの乗ってたピースボートのこと、教育のこと、あと恋愛談♡ とかをいろいろ喋って、めっちゃ楽しかったーー。
私は幹事みたいなことをしたわりに、アバウトで。
来てくれたみんなごめんよ(。・_・。)

今回は私が声をかけられた人だけやったけど、次はそれぞれがもっと友達呼んできたりとかして、
繋がりを創るプロデュース。
みたいなことが出来たらええなぁとか、思っております。
大学の友達とかにも広げられたらいいな(○´∀`)

次は何しよかな。
飲みはあるとして、映画もいいし、イベントに行くのもいいし。わくわく♡
今回来れなかった人も、次はぜひ来てねーー。
posted by 緑 at 23:19| Comment(9) | TrackBack(0) | 気まぐれ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

報道が教えてくれないアメリカ弱者革命
―なぜあの国にまだ希望があるのか*堤未果

jakusha-amerika2.jpg

2001年。9.11。
WTCにジェット機が突っ込むのを隣のビルから見ていた著者が描きだすアメリカの格差社会。

アメリカ国内では、3100万人が飢えてる。
自己破産原因、1番は「医療費」。
大統領選では不正やり放題の電子投票機が普及。
貧困層、もしくは市民権を取りたい移民の若者の個人情報を「落ちこぼれゼロ法案」を使って集め、「大学に行けるよ」「希望を出せば国内勤務できるよ」などと言葉巧みに軍にリクルートする。
彼らの行く先はイラクなどの戦闘地帯の、しかも最前線。
無事に帰国してもPTSDで働けずホームレスになっていく若者も多い。
貧しく、そしてそのために無知な人たちを利用し、使い捨て、省みない。
アメリカの弱者がどう扱われているか。驚くことばかり書かかれてる。

でもその中で、あきらめず、声をあげている人が多くいる。
元ビジネスマンが電子投票機の不正について知らしめるために、ハンストをする。
帰国兵士が軍のリクルートをとめるために声をあげる。
イラクで亡くなった兵士の母親たちが、抗議行動をする。
だから、アメリカにはまだ希望がある。

で、日本はどうなんだ。

体験談みたくまとまってるから、笑ったり涙ぐんだりしながら読める。
めちゃくちゃ分かりやすい。
posted by 緑 at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

9月のニュース。 性犯罪・国旗国歌強制違憲判決etc

性犯罪の更正
奈良の事件の判決が近づいて、新聞で連載されとった。
小林被告には死刑判決が出た。
実際に自分が関わってる同じ歳の小1の子どもらに、
同じことが起きたら、私はきっと犯人を殺したいと思う。
親なんてなおさらや。
でもだからって、死刑でよかった、とも言われへん。

新聞からすると、更正施設でのプログラムは、性欲をおさえることを一番にしてるらしかった。
「ポルノ雑誌を読むのを我慢できるようになりました」っていう更正中の犯人。
「欲望をおさえられるようになって、効果が出ています」っていう施設の職員のコメント。
正直、ピンと来ない。
もちろん、性欲のコントロールとか、大事やと思うよ。
でも、多分その人たちに一番欠けてて、身につけなあかんのって、
"人間関係のつくりかた"なんちゃうかなぁ。
そこが上手にできひんのが一番問題なんちゃうかなぁ。
他人を尊重できたら、性欲はある程度コントロールできると思うんやけど違うんかな。

国旗国歌強制違憲判決
よかったーーって感じです。
だって思想、信条の自由とか言うて総理大臣が靖国参拝するのに、
教員が国歌斉唱で立たなかったら懲戒ってどうよ。

私自身は国旗国歌には反対。というか天皇制が疑問。
天皇とか皇太子とか、皇族の人たちが嫌いなわけじゃないし、
今の天皇と皇太子はむしろわりと好感を持ってる。
そういえば、都教委の委員が「国旗国歌の指導を徹底させるよう努力します」って言うた時に天皇が自ら「強制でないことが望ましいですね」って返した時は拍手もんやった。笑
ただ、システムとしては、思想統一とか戦争への誘導に利用される危険性はかなりあると思う。
やけど、教員になったらきっと私は歌うやろうな。
歌ぐらい歌ったったらええと思ってるし、旗に礼するぐらい大したことない(私にとっては)。
そこにこだわるよりは、普段の教育実践の中で、平和の大切さや、反差別の意識や、流されないバランス感覚を育てていくことのほうが大事やと思う。
要するに、そういう意識を持った教師が「現場に残ること」が重要。

東京都のやり方はほんまにひどい。
石原慎太郎が「裁判長は現場を知ってるのか」みたいなことを言うとったけど、
あんたは現場の教員の声を無視してるんだろーー!!自由が尊重されない教育現場っておかしいでしょ。
石原慎太郎が言うとよけい腹立つ。
発言がいちいち差別的すぎるんぢゃーー!!

今回の判決はほっとした。
が、まだ地裁の判決やからねー。
こういう裁判って、いっつも高裁まで勝ってても最高裁でひっくり返ったりしよるからなぁ。
最後まで勝ってほしいなあ・・・。ほんま。

あ、あと・・・
2月にやる愛知県知事選に、犬山市の石田市長が民主党推薦で出るらしい。
なんでもともと自民党の石田市長が民主推薦かは分からんけど。
この犬山市っていうのが、全国統一学力テストへの不参加を表明したり、けっこうおもしろい教育改革・学校改革をやってるところで。
そこの市長が知事になったらおもしろそうやなぁと思う。

犬山市の教育について↓
http://www.inuyama-aic.ed.jp/i-manabi.h.p/index.htm
posted by 緑 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | にゅーす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

PeaceBoat卒業スピーチ

PCのフォルダから、ピースボートに乗ってた時、最後の日にやった卒業式スピーチの原稿がでてきた。
すごーーく懐かしくなったので、とくに意味もなくupしてみます。

* * * * *

ピースボートで得たもの、学んだこと。
積極的に人と関わって話をすること。
情報に振り回されずに、情報を見極めること。
想像力を持って考えること。自分と結びつけて考えること。
自分の考え、思いを表現すること。表現方法は無限だということ。
表現することは気持ちいいっていうこと。
大切だと思うことを無理なく、自分なりに続けていくこと。
全部、旅で人と出会って、人と話して、感じてきたことです。

私にとって、この旅は別れから始まりました。5ヶ月間、大阪のピースボートセンターでボランティアスタッフをしてきて、そこでの仲間がみんなこのクルーズに乗るわけではなかったので、これから地球一周だという感動と、毎日顔を合わせてきた友達と離れる寂しさと、なんだかよく分からない気持ちがいっぱい湧き出してきて、晴海出航は声を出して泣いていました。
船に乗って最初の頃、居場所が見つからずに、自分が大勢の中の一人でしかないように思えてめっちゃしんどかった。
「何かせな、このままじゃ乗ってよかったって言われへん」って焦ったけど、何をすれば自分が満足できるのか、全然分からなかった。悩んだし、迷った。いろんなことをやってみても、なかなかしっくりこなかった。

そんな中で、新聞局員たちが水案やスタッフや参加者に取材をしてるのを見て、ゆっくり話せるっていいなぁと、羨ましく思って新聞局に入りました。
記事を書いて言葉にすることで、いろんなことを頭の中で整理して考えることができました。なにより、新聞局が私にとって居場所になりました。そこに集まるみんなが、一緒にいればいるほど大好きになった。好きになったのは新聞局の仲間だけじゃなくて、本当にたくさん、好きな人ができました。一緒にいて楽しいっていうだけじゃなく、心から大切やって思う人たちに出会えた。

すごいなって、尊敬できる人が船にはたくさんいました。いっぱい刺激されました。あったかかったり、やさしかったり、賢かったり、すごい特技があったり、努力家だったり。自分にないものをいっぱい持ってる人たちがいます。
私はこの3ヶ月で、自分自身とも、出会いなおした気がします。
私は大阪の部落に育ちました。南アフリカに行ってタウンシップを見ても、ブラジルのファベーラで子どもたちと遊んでも、自分の親の生い立ちや、差別のこと、足元の部落問題のことを思いました。自分の立場っていうのは世界を見るフィルターになってるんだと思います。ほかにも、自分はこんなに寂しがりやったんかとか、ここまで子どもやったんかとか、こう在りたいと思う自分じゃない部分も改めて思い知らされて、凹むことも多かった。でも、逆にこんなこともできるんやって新しい可能性にも気付けました。目の前が開けた。すごいなって、思える人たちも話してみると、結構普通で、誰にでも何でもやれるんや、可能性ってこんなに広いものだったんだと、そう思えました。
結局世界を見てきて、見えたものは何のことはない、自分自身だった気がしています。それは大切なことだったと思っています。

私はこの旅でたくさんの「種」をもらったと思っています。
何かの「答え」ではなくて、可能性だったり、きっかけをもらいました。
水先案内人(ゲストスピーカー)として乗ってきた、田中優さんの言葉が心に残っています。

人には、地に足をつけて、地元で生きていく土の人と、世界を飛び回る風の人がいる。風の人と、土の人が手を取り合った時に、風土が生まれ、社会は変わるのだと思う

私にとって土はやっぱり、自分の生まれ育った地域だったり、部落問題なのだと思います。風はピースボートでやっているようなことだったり。
私は土の人でもありたいし、風の人でもありたい。
風と土をつなげる人でもありたい。
贅沢かもしれないけれど、船を下りたらそういう生き方を私なりに探っていきたい。そういう風に、生きていきたいと思っています。
夢みたいやった。でもそれで終わらせたら無意味になってしまう。
だからこれからは、現実と向き合っていかないと、と思っています。
みんなと会えてほんまによかった。
ありがとう。

* * * * * *

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posted by 緑 at 19:05| Comment(3) | TrackBack(0) | 気まぐれ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「信じる」

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人を信じるっていうのは大きなことやと思う。

もう、ちゃんと覚えてないけど、何かの小説で読んで印象的やった、
殺人を犯した弟を持つお兄ちゃんと教会の神父さんの会話がある。

「あなたの弟を信じてあげなさい」

「でも神父さん、あいつが殺したのは間違いないんです」

「殺していないと信じてあげなさいと言ってるんじゃありませんよ?
 弟のことを、信じてあげなさい」


はっきり覚えてないけど、こんなニュアンスやったような・・・。
設定も合ってるかよく分かれへんけど。

ほんまに誰かを信じるっていうのは、その人の行ないとか、言葉とか、そういうのとは関係ない、というか別の次元のものなんやと思う。
ただただ信じる。信じてる。裏切られようが関係なかったりする。
ある意味独りよがりなんかもなー。

私にも、そんなふうに信じてる相手が、度合いは違えどけっこういてる。
けど、私がそんなふうに人を信じられるのは、
きっと、家族とか、周りの人が私のことをそんなふうに信じてくれてるからやって思う。

私は多分根本的に人を信じられてる。
それは、たまたまそんな性格なわけじゃなくって、そういうふうに育ててくれたからで、ほんまにありがたいこと。
先生になっても、信じることはめっちゃ大事やしなあ。

んー。なんかまとまらん。

以上、今日のひとりごと。

* * * * * *

写真は奔流中国というツアーで8月に中国内モンゴル自治区へ行ったときの。
書いてることとは関係ないですが。
posted by 緑 at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 気まぐれ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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